2009年11月01日
アガシの告白の真意を探る(2)
昨日アガシの自伝『OPEN』の一部が紹介されましたので読んでみました。ときにはユーモラスに、ときにはおどろくほどあからさまに過去のさまざまなエピソードが、淡々と語られた『オープン』は、スポーツ選手の自伝としては、最もよく書かれた自伝の一つだと前評判を呼んでいます。
私はこの4日間で随分いろんなことを考えさせられました。最初にアガシのドラッグ使用のニュースを知ったときは、ドラッグ使用よりもATPに嘘の手紙を書いて罪を免れたことに怒りを覚えました。
ドラッグはオバマ大統領も大学時代にコケインを使用したことを認めていますし、アメリカでは若者の過ちとして大目にみる傾向があります。むしろクリントン元大統領が、マリワナについては、「ふかしただけで吸い込まなかった」などと苦しい言い訳をしたため、すっかり信用をなくしてしまったことからも、正直に告白すれば許される社会でもあります。
しかし正直に告白したからそれでいいかというと、アガシの場合は釈然としないものが残ります。
1997年当時のアガシはいくらランキングが落ちたとはいえ、世紀の美女ブルック・シールドを妻にもつスーパスターです。彼の使用したのは、日本では「しゃぶ」として知られる恐ろしい覚醒剤。このスキャンダルが発覚すれば、アガシの選手生命に決定的な打撃を受けることは明らかで、それはATPにとっても大きな損失となります。無名の選手であれば処分を受け、選手生命を落としていたかもしれないドーピング事件は、アガシであったからもみ消された可能性が大きいのです。
「ではなぜこのようなショッキングな事実を今告白しなければならないのか?」
第2の人生の始まりに先駆けて
彼がPRビデオで自伝を書いた動機を述べています。2006年に引退をして、第2の人生を踏み出した彼にとっては、テニス選手ではない自分を発見していかなければなりません。Who am I? 自分は一体誰なのか?
自己発見のために自伝を書く。これは有効な手段です。「今までの自分は一体何だったのか?」の質問に答えることによって、これから自分はどのように生きて行けばよいのか?の答えに近づくことができるからです。
生涯の親友と決裂
Perry Rogersと今回の告白との関連性についてどのメディアも触れておりませんが、私はアガシが自伝でこの衝撃的な告白をした原因の一つは、彼にあるのではないかという気がするのです。
ここからは私の独断的な推測に入ります。
ペリー・ロジャーはアガシのラスベガスの小学校時代からの無二の親友で、アガシの人生にとってはなくてはならない重要な人物です。ビジネス面では、アガシ・エンタープライズの社長として、アガシの財産管理からビジネスまでアガシの片腕となり手腕をふるい、アガシの全面的な信頼を受けていた人物です。
またアガシとロジャーズはよく夢について語り合った仲でしたので、アガシの小さい頃からの夢であった、恵まれない子供たちへのチャリティー活動についても、もっとも理解していた一人でした。
しかしアガシのマネージャー、エージェント、弁護士となってアガシのために15年間も尽くしたロジャーズが、2008年10月に解雇されたのです。その理由については、アガシはビジネス拡張に必要なmoveだったと言っていますが、ロジャーズの投資が失敗したという噂もあります。
何が原因だったにせよ、ロジャーズにとってはこの解雇は、アガシの無二の親友だっただけに、裏切られたという口惜しい想いがあったと思います。
そして突然、無二の親友であったロジャーズが、解雇から2ヶ月目の12月に、アガシの妻シュテフィ・グラフを訴えたのです。アガシと結婚したグラフは彼女のビジネスもロジャーズが運営するようになっていたのですが、その運営費の未払いをロジャーズが訴えたのでした。
これはショッキングな事件でした。アガシにとってもまさか彼が訴えるなんて、と信じられない事件だったに違いありません。
「なぜグラフが払わなかったのか?」については本題からはずれますので省略しますが、グラフ自身に過去苦い経験があり(父親が税金問題で刑に服す)、ロジャーズのビジネスのやり方に不満がありました。そしてついにロジャーズとの関係が破綻をきたすことになったのです。
ここで私が注目するのは5万ドル(約500万円)という、アガシ夫妻にとっては些細な金額で訴えられたことです。これくらいの額なら話し合いでいくらでも解決がつく額です。私にはこの訴訟はお金のためだけでないような気がします。訴訟を起こせば世界に報道されることになります。あれほどイメージを大切にしているアガシにとっては、このような小額で訴えられるのは、最も恥ずかしいことです。
すべてオープンに告白することの意味
アガシが自伝を書こうと思い立ったのは、今から丁度一年前ということですから、ロジャーズとの仲が決裂した頃と一致します。ロジャーズはアガシとほぼ24時間を常にともにすごしてきた間柄です。アガシのドラッグの件を知らないはずがありません。それどころかアガシの私生活を知り尽くしているロジャーズがアガシの自伝を書くことは大いにあり得ることです。
父のために嫌いなテニスをやり続けたこと・・・
ファンを失望させないためにカツラをつけたこと・・・
誤りだと分かっていても取り消すことができなかったブルックとの結婚・・・
父親から無理矢理に押し付けられたテニスを憎み続けながら、選手生活をおくってきたアガシにとって、選手時代は偽りと矛盾に満ちた人生でした。
これから歩み始める第2の人生は、真の自分を発見する旅であり、その旅に偽りや嘘があってはならない。そのためにはどんな辛い作業であっても、勇気をもって真実を語らなくてはならない・・・アガシは決心したのです。自伝を書いてすべて正直に語ろう。
もしアガシが1998年に3ヶ月の出場停止処分を受けていたら? 現在のアガシはありえたでしょうか?(現在ですと2年の出場停止処分を受けますが、当時は3ヶ月の軽い処分でした。)
私はアガシにとっては長い目でみれば、処分を受けていたほうが彼のためによかったのではないかと思うのです。ドラッグ事件はショックですが、この事件で真剣にカムバックをはかったと思います。そのカムバックはテニス選手としてだけでなく、人間として真実に生きることへのカムバックだったと思います。
恵まれない600名の子供たちを大学へ進学させる。彼の発足した学校から第一期生が今年の6月に卒業しました。全員大学進学です。祝辞を読み上げるアガシ校長は新たに心に誓ったのでした。
「子供たちのためにも自分は正直であらねばならない。」
自伝『OPEN』はアガシの決意の第一歩だったのです。
私はこの4日間で随分いろんなことを考えさせられました。最初にアガシのドラッグ使用のニュースを知ったときは、ドラッグ使用よりもATPに嘘の手紙を書いて罪を免れたことに怒りを覚えました。
ドラッグはオバマ大統領も大学時代にコケインを使用したことを認めていますし、アメリカでは若者の過ちとして大目にみる傾向があります。むしろクリントン元大統領が、マリワナについては、「ふかしただけで吸い込まなかった」などと苦しい言い訳をしたため、すっかり信用をなくしてしまったことからも、正直に告白すれば許される社会でもあります。
しかし正直に告白したからそれでいいかというと、アガシの場合は釈然としないものが残ります。
1997年当時のアガシはいくらランキングが落ちたとはいえ、世紀の美女ブルック・シールドを妻にもつスーパスターです。彼の使用したのは、日本では「しゃぶ」として知られる恐ろしい覚醒剤。このスキャンダルが発覚すれば、アガシの選手生命に決定的な打撃を受けることは明らかで、それはATPにとっても大きな損失となります。無名の選手であれば処分を受け、選手生命を落としていたかもしれないドーピング事件は、アガシであったからもみ消された可能性が大きいのです。
「ではなぜこのようなショッキングな事実を今告白しなければならないのか?」
第2の人生の始まりに先駆けて
彼がPRビデオで自伝を書いた動機を述べています。2006年に引退をして、第2の人生を踏み出した彼にとっては、テニス選手ではない自分を発見していかなければなりません。Who am I? 自分は一体誰なのか?
自己発見のために自伝を書く。これは有効な手段です。「今までの自分は一体何だったのか?」の質問に答えることによって、これから自分はどのように生きて行けばよいのか?の答えに近づくことができるからです。
生涯の親友と決裂
Perry Rogersと今回の告白との関連性についてどのメディアも触れておりませんが、私はアガシが自伝でこの衝撃的な告白をした原因の一つは、彼にあるのではないかという気がするのです。
ここからは私の独断的な推測に入ります。
ペリー・ロジャーはアガシのラスベガスの小学校時代からの無二の親友で、アガシの人生にとってはなくてはならない重要な人物です。ビジネス面では、アガシ・エンタープライズの社長として、アガシの財産管理からビジネスまでアガシの片腕となり手腕をふるい、アガシの全面的な信頼を受けていた人物です。
またアガシとロジャーズはよく夢について語り合った仲でしたので、アガシの小さい頃からの夢であった、恵まれない子供たちへのチャリティー活動についても、もっとも理解していた一人でした。
しかしアガシのマネージャー、エージェント、弁護士となってアガシのために15年間も尽くしたロジャーズが、2008年10月に解雇されたのです。その理由については、アガシはビジネス拡張に必要なmoveだったと言っていますが、ロジャーズの投資が失敗したという噂もあります。
何が原因だったにせよ、ロジャーズにとってはこの解雇は、アガシの無二の親友だっただけに、裏切られたという口惜しい想いがあったと思います。
そして突然、無二の親友であったロジャーズが、解雇から2ヶ月目の12月に、アガシの妻シュテフィ・グラフを訴えたのです。アガシと結婚したグラフは彼女のビジネスもロジャーズが運営するようになっていたのですが、その運営費の未払いをロジャーズが訴えたのでした。
これはショッキングな事件でした。アガシにとってもまさか彼が訴えるなんて、と信じられない事件だったに違いありません。
「なぜグラフが払わなかったのか?」については本題からはずれますので省略しますが、グラフ自身に過去苦い経験があり(父親が税金問題で刑に服す)、ロジャーズのビジネスのやり方に不満がありました。そしてついにロジャーズとの関係が破綻をきたすことになったのです。
ここで私が注目するのは5万ドル(約500万円)という、アガシ夫妻にとっては些細な金額で訴えられたことです。これくらいの額なら話し合いでいくらでも解決がつく額です。私にはこの訴訟はお金のためだけでないような気がします。訴訟を起こせば世界に報道されることになります。あれほどイメージを大切にしているアガシにとっては、このような小額で訴えられるのは、最も恥ずかしいことです。
すべてオープンに告白することの意味
アガシが自伝を書こうと思い立ったのは、今から丁度一年前ということですから、ロジャーズとの仲が決裂した頃と一致します。ロジャーズはアガシとほぼ24時間を常にともにすごしてきた間柄です。アガシのドラッグの件を知らないはずがありません。それどころかアガシの私生活を知り尽くしているロジャーズがアガシの自伝を書くことは大いにあり得ることです。
父のために嫌いなテニスをやり続けたこと・・・
ファンを失望させないためにカツラをつけたこと・・・
誤りだと分かっていても取り消すことができなかったブルックとの結婚・・・
父親から無理矢理に押し付けられたテニスを憎み続けながら、選手生活をおくってきたアガシにとって、選手時代は偽りと矛盾に満ちた人生でした。
これから歩み始める第2の人生は、真の自分を発見する旅であり、その旅に偽りや嘘があってはならない。そのためにはどんな辛い作業であっても、勇気をもって真実を語らなくてはならない・・・アガシは決心したのです。自伝を書いてすべて正直に語ろう。
もしアガシが1998年に3ヶ月の出場停止処分を受けていたら? 現在のアガシはありえたでしょうか?(現在ですと2年の出場停止処分を受けますが、当時は3ヶ月の軽い処分でした。)
私はアガシにとっては長い目でみれば、処分を受けていたほうが彼のためによかったのではないかと思うのです。ドラッグ事件はショックですが、この事件で真剣にカムバックをはかったと思います。そのカムバックはテニス選手としてだけでなく、人間として真実に生きることへのカムバックだったと思います。
恵まれない600名の子供たちを大学へ進学させる。彼の発足した学校から第一期生が今年の6月に卒業しました。全員大学進学です。祝辞を読み上げるアガシ校長は新たに心に誓ったのでした。
「子供たちのためにも自分は正直であらねばならない。」
自伝『OPEN』はアガシの決意の第一歩だったのです。
投稿者 Tennisnakama 16:57 | コメント(0)| トラックバック(0)
コメント
この記事へのコメントはありません。