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Tennisnakama in New York 世界にテニスの輪を広げたいと願っています。元レポーターのTennisnakamaが、ホットな情報やめずらしい話を、ニューヨークからどんどんお届けします。自由にリンクしてください。(記事はすべて〓tennisnakama.comとなっておりますので、無断掲載はご遠慮ください)

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悲しい事件と事実

昨日、シカゴの郊外でショッキングな事件がありました。ナザーン・イリノイ大学での銃殺事件で、6人の学生が殺されたのです。突然若い男性が教室に乱入し無差別射撃を開始。何が起こったのか訳が分からず、悲鳴をあげながら逃げまわる学生たちをつぎつぎと銃殺。まるで映画かビデオゲームのシーンです。

開発国では考えられない銃による野蛮な事件が、アメリカではつぎつぎと起こっています。昨年はヴァージニア工科大学で32人の学生が殺されました。悲しいのは、私たちの反応です。「ああ、またか」今回は前回の32人にくらべて、殺された学生の数も少なく、メディアの反応も鈍く感じられます。一体私たちは、どうしてしまったのでしょう? 

どうしてアメリカは、何度もこのような残忍な事件を起こしながら、なぜ「銃規制」に厳しい態度で対応していかないのでしょう? 根本的な銃の取り締まり問題には、メディアも政治家も、一切触れることがないのも悲しい事実です。

憲法で人間の基本的な権利として銃の保持は保証されている、アメリカ人の銃への執着は、非アメリカ人にとっては理解できないものがあります。

"Fahrenheit 9/11"でアカデミー賞を受賞した、マイケル・モアーのドキュメンタリー映画、”Bowling for Columbine”をぜひ見ていただきたいと思います。これは、1999年に実際コロラドのコロンバイン高校で起こった事件(12人の高校生が犠牲)をきっかけに、アメリカの銃の問題に深くメスをいれたドキュメンタリー映画です。その映画のなかで、モアーがある田舎の銀行に、銀行口座を開く場面があります。口座を開いたモアーに、ギフトとして銀行が与えたものは何だと思いますか?

1。 マクドナルドの無料食券
2。 バーベキューセット
3。 ライフル銃

正解は3です。新しく口座を開いた人にはライフル銃があたるのです。この銃に対する狂った感覚は、良識のあるアメリカ人でも理解に苦しむようです。まさに、Go Westのカウボーイの世界が現存します。その場でもらった銃を使って銀行強盗ができるのですから、おかしいでは片付けられないものがあります。悲しい事実が悲しい事件を生む。その繰り返しに、やりきれない思いの今日此のごろです。
投稿者 Tennisnakama  23:33 | コメント(2) | トラックバック(0)

ありがとうございました!

「あなたって典型的なアメリカに渡った日本人思想の方ですよねw
白人が大好きで、自分が白人になったつもりでいる気味の悪い方ですね」


というコメントが、 ghjkさんから入りました。日本のことを海外から書くと、必ずこのようなコメントが入ってきます。そこで今回は思い切って公開して皆さんの意見を伺うことにしました。。。

という書き出しで、“ご意見をお待ちしています”(2月8日付け)に書かせていただきました。 いろんな方から興味深いコメントをいただきありがとうございました。 このテーマのもとに、皆さまとの会話を続けていきたいと願っていますので、どのブログのセグメントでも結構ですので、コメントをお寄せください。少しでも多くの方々と会話ができればと願っています。

なお、初めて読まれる方は、“ご意見をお待ちしています”をまず先に読まれることをおすすめします。

(ghjkさんのコメントに対して)
「何かとても感情的なコメントですね。人生半分以上日本にいないのですから、日本的になれといわれても、戸惑いますが・・・ でも今、日本人的とか白人的とかそういう時代じゃないと思いますけど。よいものは国境を超えてお互いどんどん取り入れ合っていく。仲良く共存していかなくてはならない時代に、そういうことにこだわってると、ますますグローバル化からとり残されそうですね。お気をつけて。」(私)

「私たち家族は10年近く海外転勤で、子供たちは現地校に行きながら、日本語と英語のバイリンガルの環境でがんばっています。そんな彼らに向かって浴びせられる言葉がまさに、この「気持ち悪い」なのです。私としては、猫も杓子も茶髪にした子供をみるほうが、よっぽど気持ち悪いと思うのですが。 異質な文化を受け入れるのは、確かに抵抗を感じるのはどこの国でも同じです。でも違いは、日本で茶髪にすることは、まったくOKですが、海外から茶髪で帰国すると許してもらえないという点でしょうか。これは一体何なのでしょうね?」(ある主婦より)

「帰国子女の憂鬱の話はよく耳にします。日本の英語の授業では、わざと英語の発音を日本風に変えて読まないと嫌われるとか、住んでいた国の話をすると嫌われるとか。今度、日本で嫌われるベスト10でもやりたいですね。(そうなると、ますますテニスから遠ざかってしまいますが。)そうそう、話はかわりますが、ある週刊誌に、OLの嫌いな大学卒業生のベスト3に、東大、慶応、早稲田が上がっておりました。これはどういうことかというと、何かというと、自分の大学の名をだしたがるベスト3なんだそうです。 でも、海外の話をしたがる海外居住者と、大学名をいいたがる卒業生と一緒にしないでいただきたいですね。大学は過去の話ですが、海外居住者にとっては、海外は現在形なのですから。近くのおいしいラーメン屋さんの話の代わりに、72丁目の有名なホットドッグ屋さんの話をしてなぜ悪い。バイリンガル教育大変でしょうが、がんばってください。」(私)

「ちょっと驚きました。典型的なアメリカに住む日本人とか、白人の幅の広さもご存じないのかな?全てひとまとめにするところが実に排他的島国精神を持つ井の中の蛙さんと御見受けしました。まあ、世の中を知らなければ、受け売りの思想でそのようなコメントとなるのも仕方ないでしょうね。あ!ごめんなさい。私も言い過ぎかしら?素直にghjkさんの意見もさまざまな考え方の一つと受け止めましょう。」(Nより)

「学生時代にバイトで通訳をときどきやってましたが、ある日、白人のビジネスマンを連れて新宿を案内していたときに、突然酔っぱらいの男性から、”お前は売女だ!パンパンだ!”と怒鳴られたことがあります。すごくショックでしたね。日本女性が外国人男性と歩くことが許せないのでしょうね。 話はかわりますが、ハーレムで写真の仕事をしているとき、突然若い黒人男性につかまり、お前の国のおかげで、デトロイトがだめになってしまった!お前なんか日本に帰れ!と怒鳴られましたことがありました。どこの国に行っても無知と偏見はなくならないようです。」(私)

「はじめまして。この問題は、「自分が快適と感じる集団」「帰属意識を感じる範囲」をどう設定しているかに関わっていると思います。ghjk氏は、「アメリカに住んだことがない日本人」あるいは「白人以外の有色人種」を自分にとって居心地の良いいわば身内集団と認識されているように思います。日本国籍を持って完全に日本社会に馴染んでいる白人も大勢いますので、ghjk氏がその人たちを自分の帰属団体の中に入れるのか外に出すのかは興味のあるところですが・・・。
私は、自分の帰属集団の外にいる人のことを受け入れるのに労力と時間を要するのが人間の常であり(ときには激しい民族紛争や国家間の戦争にまでつながる)、未だ受け入れられない人、あるいは、結果として死ぬまで融合できなかった人のことも肯定するのが真の許容性なのだろうと思っています。そして、その真の許容性は、人間の歴史を見る限り、いまだかつて達成されたことがなく、これからも達成されないんだろうなと感じます。

誰しもが自分が快適と感じる身内集団を任意に設定し、そこから周囲を異物として眺めることで自分らしさを保ちながら生きているんでしょうね。テニス仲間管理者さんは、かなり広い範囲で自己の帰属集団を設定されていると感じますし、その帰属集団の外に居る人間を排斥する程度もかなり緩やかであるように思いますが、やはり本当に利益対立がはっきりしたときには、「外に居る人」を排斥されることもあるだろうと思います。それもそれで良いのだと思います。
まあ、しかし、理屈はどうであれ、自分のことを否定するようなコメントをもらうのは悲しいですよね。あるいは怒りを感じるときもあると思います。
アメリカではオバマ氏が破竹の勢いで予備選挙での得票数を伸ばしていますね。少し前まではそれこそ白人の過半数が黒人の立候補者に投票するなどという事態はおよそ考えられなかった、とオバマ氏ファンの白人のアメリカ人が言っていました。人の思想や帰属意識は時代とともに、それこそ年単位、月単位で変化していっているということですね。ghjk氏も10年後には、今と全く違うコメントを書いているかも知れません・・・。私は、このブログが好きです。言語や音楽に注目したり、単にテニスの試合結果だけではなく、選手の人格や人生にまで思いを馳せてこそ、テニスを愛する地球人ですね。これからも是非続けてください。」(Tより)

「Tさんのコメントにとても嬉しくて、泣けてしまいました。全く同感です!! 私は若いときから、自分の意思で日本をはなれ、地球人になる道を選んできましたので、この孤独な道を理解していただけて感激です。地球人たる日本人。そういうユニークな立場から、私でなくては書けないものをこれからも書いていこうと思います。このように暖かい励ましの言葉をいただくと元気百倍です。」(私)

「アメリカは特にそうだと思いますが、世界のどこに居ても、祖国を離れて孤独を感じながら生活し、アイデンティティの確立、言葉の問題で大きな苦労を味わっている人がたくさんいますよね。藤原正彦氏も著書の中で書いているように、海外に住むことで愛国心が増し、自分が日本の利益をしっかり代弁できていない無力感を味わうこともありますよね。このストレスは世界共通だと感じます(現に、アメリカ人の友人がイギリスで一年間住んだときは大変だったと言っていました。同じ英語なのに!)。しかし、いろんな国籍の人が、いろんな場所で、それぞれ祖国や故郷の仲間に更なる愛情を感じたり、そのときに住んでいる場所やそこで出会った仲間に思いがけず愛情を感じたりしながら生きていくことで、初めて文化の交流が生まれるんでしょうね。ghjk氏ももし海外で生活することになれば、不本意にも、本来嫌いなアメリカ人や白人といつの間にか楽しく喋ることになってしまうかも知れません。フォーラムも悪くないですが、体験していないことはなかなかリアルに語れないと思います。ということで、まずは、ghjk氏の海外生活体験記を楽しみにしています。白洲次郎のように、アメリカに対して唯一従順ならざる日本人として、貴重な功績を残されるかも知れません。」(Tより)


投稿者 Tennisnakama  14:28 | コメント(2) | トラックバック(0)

ジョコヴィッチの秘密(3)

ジョコヴィッチの秘密(3)

ジョコヴィッチの父は、インタービューで彼のコーチ、エレナ・ゲンチッチの影響を次のように語っています。

「エレナは私たちのファミリーコーチです。今のノヴァクがあるのは、彼女のおかげです。 ノヴァクは彼女のことを忘れてはいません。 彼のテニスや人生に対する考えかたを作り上げたのは彼女なのですから。 エレナのもとで、下の二人の兄弟もコーチをしてもらってますが、私たち家族は、彼女のやり方を全面的に信頼しているのです。」

このような家族の全面的な信頼のもとに、ノヴァクは4年間ゲンチッチのコーチの基で、テニスの基礎をたたきこまれました。しかし、ジュニアの大会でどんどん成績をあげていくノヴァクが、 これから国際選手として活躍していくためには、設備の乏しいセルビアにいてはならないことは、誰の目にも明らかでした。 ちょうどモニカ・セレスが、アメリカのニック・ボリテリ・テニスアカデミーにテニス留学をしたように、敢えて愛弟子を手放さなくてはなら時期がきたのです。

ゲンチッチは彼の将来について、ジョコヴィッチの両親と何度も話し合いました。家族にとっては、12才の子供を外国に一人で手放すことに、大きなためらいがあったのは当然です。モニカ・セレスは、父親と共にボリテリの援助を受けることができたのですが、ジョコヴィッチ家族にとって、まだ幼い二人の兄弟をおいて、親が一緒についていける環境ではありませんでした。 

「しかしこのままでは、ノヴァクの才能が伸ばされない。子供の将来のために何をするべきか」 

両親は決断しました。コーチ・ゲンチッチの親しい友人である ニコラ・ピリックのテニスアカデミーに、12才のノヴァクを単身留学させることに決めたのです。ドイツ語も分からないノヴァクがミュンヘンで果たしてやっていけるだろうか? 一度も家族と離れて生活をしたことのない幼いノヴァクは、不安で張り裂けそうな気持ちで一杯です。でも心配させるとなおさら家族に辛い思いをさせるだけです。 ベルグラードのプラットフォームで別れを惜しむ家族に、精一杯の笑顔を見せながら、ミュンヘン行きの電車に乗り込んだノヴァクの顔には、もうあの不安な少年の面影はありませんでした。決意と希望に溢れた世界に羽ばたく少年の顔があったのです。

(何か劇的になってきましたが、続きをお楽しみに。)

投稿者 Tennisnakama  07:15 | コメント(2) | トラックバック(0)

ジョコヴィッチの秘密(2)

Good morning! テニス仲間.com のウェブマスターです。フォアハンドg

ジョコヴィッチの秘密(2)

(訂正です)ジョコヴィッチの秘密(1)で、ジョコヴィチがゲンチッチからコーチを受けはじめたのは、7才のときと書きましたが、8才が正しい年齢です。

Djokovic2

女性コーチ、ゲンチッチの話をする前に、ジョコヴィッチの家族について触れてみたいと思います。3人の男兄弟の長男であるノヴァクの両親の出会いは、美しいセルビアの白いゲレンデでした。二人ともスキー・インストラクターのときに知り合い、恋におちいり、間もなくしてノヴァクが生まれました。スポーツマン家族ですから、幼いときからサッカー、スキーなど、スポーツ環境で育ちましたが、4才の夏、両親はノヴァクを住んでる町、Kopaonikのテニス・サマーキャンプにいれてみたのです。最年少のノヴァクは、年長の子供のボールをネットを超えさせるのがやっとでした。 でもテニスのおもしろさを知ったノヴァクは、Kopaonikのテニスクラブに入会させてもらえることになったのです。そこには、あのモニカ・セレスを育てたエレナ・ゲンチッチがヘッドコーチとしてクラブを仕切っていました。ノヴァクのプレーを観察しつづけてきたゲンチッチは、「モニカ・セレス以来の才能の持ち主」との確信がありました。 そして彼が8才のとき、彼女自身が専属コーチとなって、モニカを超す偉大なプレーヤーとなるための特訓が開始されたのです。 
(続く)

投稿者 Tennisnakama  00:10 | コメント(0) | トラックバック(0)